アラサーオカンの自叙伝‪w

波乱万丈おかんの自叙伝となります!

小学生時代パート②

小学校時代にいじめの他にも

辛いことがあった

それは

両親の不仲➕祖母と母の不仲

でした。

 

この前にも書いたんですが

小学入学を気に祖母の家へ引っ越したのですが

父は働かず、そんな父を怒ることも無く甘えさせる祖母

母は朝から晩まで働き、祖母にはイヤミを言われながら耐える生活

 

夫婦なので喧嘩もします

が!!!

祖母は喧嘩中に乱入!

止めようとするならまだしも

けしかけます…

 

母も堪らず言い返すと

祖母に口答えをしてると父にキレられる

父は母に包丁を向けました。

 

そんな惨劇を見てた私を

祖母は隠しました。

包丁を持ってる父を止めるのではなく

何かあっても私が見ないようにしたんです。

そんな毎日に疲れた母は

引越しを提案します。

 

引越し先は祖母の家から目と鼻の先のボロっボロのアパート

その管理人として住むことに。

 

その事で私は転校することになりました

4年生の二学期までひたすらいじめに耐え

お別れ会…

担任「この状況は○○さんだから耐えれたんだと思います」

私「…。」

担任と生徒が1人の生徒を虐める…。

この日々の他に辛い日々はないなと今でも思う。

 

引っ越した先の学校は

一学年2クラスある学校で

でも…転校から1週間で

元の学校から噂は伝わり

また虐められるようになるのですが

違うことは

友達ができたこと。

いじめられっ子集団だったのですが

その中でも

(私がこの子達を守らないと!)ていう

気持ちが芽生え

外部に私なりに戦えた時期です。

 

※実は…

転校先の学校の担任は

前の学校の担任の旦那さんでした。

 

旦那の方は私を親身に対応してくれ

嫁の先生にも謝罪するよう

言ってくれた恩師です。

 

この頃の私は

同級生にタメ口は使えなくなっていました。

常に敬語。常に苗字で呼び。

和気あいあいの中に入る勇気は皆無でした。

目を見て話すことも出来ず

話しかけられると

赤面し何も話せなくなるような症状でした。

そんな私にできた2人の友達

この2人のおかげで私は強くなれたと

言い切ることができます!!

 

これからすこーーーし明るくなるはず!

 

てか!暗く書いてるつもりないのに

すごい暗く感じる‪w

 

読んでくださりありがとうございます!